劇場版「鬼滅の刃」無限列車編~本当に継承の物語なのかを確認するために観てきました

少し前ですが、 劇場版「鬼滅の刃」無限列車編を映画館で観てきました。ポストコロナの環境で、はじめてこれほどまでに人を集めたコンテンツです。大きなムーブメントを創ったと言ってよい作品ではないでしょうか。

ボクはマンガ「週刊少年ジャンプ」で物語の最後まですでに読んで知っています。映画もわざわざ観に行くほどでもないな。と思っていました。でも、前述の通り世間の耳目を集める2020年を代表するコンテンツであることが分かってきたことと、愛聴しているポッドキャスト「POP LIFE:The podcast」で触れられていたこと、その中で理系研究者/音楽批評家の八木皓平さんが言及していた「鬼滅の刃は継承の物語だ」という評論を、劇場で観て確認してみたくなって、行ってきました。

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それからストーリーに加えて、アニメーション(特に戦闘シーン)や音響も素晴らしいというレビューも目にして、ちょっと拘ってIMAXの劇場で観ようと、仕事帰りに東京ミッドタウン日比谷のTOHOシネマズまで足を延ばします。スタートは20時15分、その日の最終上映時間でしたが劇場は7割以上の席が埋まっていて、人気を実感しました。
 

TOHOシネマズ日比谷 鬼滅の刃 IMAX

ここから先ですが、たいした内容は書いていませんが。。少しスポイラー(ネタバレ)を含みますので、気になる方はお気をつけください。それから、ボクが感じたことを書く前に、POP LIFEで話されていた八木さんの評論を再掲しておきます。

鬼滅の刃は「継承」の物語である。主人公がズバ抜けた才能を持っているのではなく、ずっと過去から鬼と闘ってきた人たちの積み重ねと、その中にいた一人の天才の力の一部をたまたま炭治郎が「継承」することになり、その積み重ねと継承の結果、彼らの世代で鬼を打ち破ることができたにすぎない。ボクは科学者として環境問題や気候変動に向き合っているけど、決して自分の代でそれらが解決できるとは思っていなくて、先人たちの積み重ねと、ボクが取り組んでいることが活かされて、いずれかの時代でそれらが解決できればいい。と日頃感じていたので、鬼滅の刃の継承の物語には好感が持てる。

ボクは環境問題と向き合う科学者の言葉であるということに重みを感じ、またこれからその環境問題と永い時間向き合っていかなくてはならない子どもたちに、継承のメッセージが込められているとしたら、そしてそれがヒットの背景にあるとしたらそれはとてもすごいことだと膝を打ちました。そんな視点で、鑑賞後の感想を記録します。

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劇場版「鬼滅の刃」無限列車編~鑑賞後の感想:産屋敷と煉獄の言葉に感じる「継承」のメッセージ

劇場版のストーリーは、鬼殺隊の命を受けて鬼が出るという列車に主人公の炭治郎が、善逸、伊之助と飛び乗る場面からはじまります。そして、煉獄との出会い、下弦の壱の鬼と闘い。その後に、上弦の参・猗窩座との闘いへと続く、原作に忠実な物語でした。なので、ストーリー進行に感想は特にありません。「継承」というメッセージを感じた場面を振り返ります。

最初に、物語の冒頭に鬼殺隊のお館様である産屋敷が立ち並ぶ墓の間を歩くシーンがあります。そこで産屋敷は、今まで鬼と闘い死んでいった闘士たちひとりひとりの名前をつぶやきながら歩きます。きっと特別に強大な力を持つことはなく、名もなき戦士として死んでいった闘士たちです。その頂点にいるお館様は、そうした名もなき戦士たちひとりひとりを忘れることなく反芻し「きっと報われる、もうすぐボクもそっちに行くから、また会おう」と語りかけます。

物語の冒頭で、これからはじまる炭治郎たちの闘いは、名もなき闘士たちの奮闘の先にあるものだと、ひとりひとりの想いとひとつひとつの闘いが継承されているものだというメッセージを感じます。

そこから物語は進み、煉獄と猗窩座の闘いの後。猗窩座を退けつつも致命傷を負った煉獄が、炭治郎に。そして、善逸と伊之助に想いを託す場面がハイライトです。そこでは、煉獄が父から母から、そして弟からも託され、継承してきたもの。鬼殺隊の同士から託され、継承してきたもの。それらが回想とともに伝えられます。そして、それら受け継いできたものを次の世代の炭治郎たちのこんな言葉をもって継承します。

俺がここで死ぬことは気にするな。柱ならば後輩の盾となるのは当然だ。柱ならば誰であっても同じことをする。若い芽は摘ませない。竈門少年、猪頭少年、黄色い少年。もっともっと成長しろ。そして、今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ。俺は信じる。君たちを信じる。竈門少年、俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める。

次の時代を支える後輩たちの盾となり、彼らの成長を信じ、継承する言葉です。もしかしたら、今までの映画やマンガでもよくあるシーンなのかもしれません。でも改めて、自分の子どもや孫に、こうした言葉をかけ、継承できるように行動しないと、と思いました。そういう大人が少ないから、世界のZ世代は怒り、世代間闘争がおきているのだと感じます。煉獄さんを見習わないと。

正直に言うと、作品に関しては、映画館で観なければならないとか、ましてやIMAXで観なければならないとかいう作品ではなかったかな。でも改めて「継承」というキーワードを胸に鬼滅の刃を味わうことができたことは良かったと思います。多くの人がこの作品の触れ、「継承」が時代のナラティブになれば、それはとても良いことだと思います。

鬼滅の刃は間違いなく「継承」の物語でした : )

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