マーケティングに関わる仕事を20年以上続けています。折に触れて、マーケティングの変遷に触れるとき、考えるとき、その道しるべとしてきたのが、マーケティングの父「フィリップ・コトラー」がまとめてきた、「マーケテイング×.0」の整理です。縦横無尽に広がるマーケティングの全貌をつかむことはできないけれど、その突端に触れる上で、こうした整理はとてもありがたく貴重です。
それができるのは、コトラーの変化をつかむ、ケースを集める「聞く力」と、それらを体型立てて分かりやすく伝える「まとめる力」の力強さがあってこそだと思っています。ご本人の年齢的にも、内容も、その集大成になると思われる、「マーケティング5.0」を自分なりの解釈も加えながら記録していきたいと思います。
手始めに、主題であるマーケティング×.0の変遷についてです。
コトラーのマーケティング×.0の変遷
マーケティング1.0
──製品中心 一九五〇年代にアメリカで始まったマーケティング1・0、すなわち製品中心のマーケティングは、主として裕福なベビーブーム世代とその親たちに対応するために開発された。おもな目的は、顧客のマインド内で最高の価値をつくり出す、完璧な製品・サービスの創出である。成功する製品・サービスは、機能をフル装備していて、競合する製品・サービスに対して優位性を持つものだった。顧客にとって最高の便益を備えているので、企業はこれらの製品・サービスに長年にわたり、相対的に高い価格を付けてきた。だから、この時代に生み出された重要なマーケティング・コンセプトは、製品開発とライフサイクル管理、それに最善の4P、すなわち製品(product)、価格(price)、流通(place)、プロモーション(promotion)を生み出すことに重点を置いていた。顧客満足が最重要目標になったのだ。
マーケティング1.0の時代は製品中心。なので、マーケティングで考えるべき事柄もかの有名な「4P」が中心です。現役でマーケティングに関わる立場にある自分から4Pに対して指摘したいことは、生活者の声を聞いていないこと。マーケティング戦略のフォーマットに「リサーチ」の機能は組み込まれておらず、企業がいかに「広告」「営業」「販売」を中心として、生活者の言葉を聞かず上から目線のマーケティングをしてきたのかがわかる時代です。
マーケティング2.0
──顧客中心 一九六〇年代半ばから一九七〇年代半ばにかけてのカウンターカルチャー運動と反消費主義運動に続いて、マーケティングはより顧客中心の考え方へと進化した。その考え方は、消費者の購買力を大きく低下させた一九八〇年代初めの景気後退によって、さらに強化された。後期ベビーブーム世代とX世代の節約姿勢が、マーケターにとっておもな課題になった。 そこで、このマーケティング2・0時代には、マーケティングはセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを理解することを軸に展開された。企業はもう誰にとっても完璧となるような製品・サービスはつくらなくなった。自社の製品・サービスのターゲット市場についてもっとよく学び、それらの製品・サービスの市場ポジショニングを明確に定めた。余計なものを取り除き、消費者のニーズやウォンツに基づいて厳選した製品特性に焦点を合わせた。価格においても、意図したターゲット市場にとって適切な水準に設定された。
かつてコトラー自身が生み出した戦略フォーマットである「STP」。これに沿ってマーケティングを続けてきた2.0の時代。しかし後年コトラー自身が言うように、STPによるマーケティング戦略は限界を迎えることになります。相変わらず上から目線で顧客の市場を定めて狙い撃ち(ターゲティング)する焼き畑農業的なマーケティングはセグメントを細分化しつくし、ターゲットを狙い打ち続け、ポジショニングする場所が埋め尽くされることで、自ら畑を焼き切ってしまったのでした。
マーケティング3.0
──人間中心 二〇〇〇年代末のY世代の台頭とグローバル金融危機は、マーケティングの二度目の大きな進化を促進した。情報への自由なアクセス権を手に入れるとともに、金融産業の不祥事にかき乱された。Y世代は、利益だけを動機とする企業をあまり信頼しなくなっていた。彼らは企業に、プラスの社会的・環境的影響をもたらす製品やサービスや文化を生み出すよう要求した。
これまでのマーケティングの取り組みにより、人々の目の前にある大きな欲求がだいたい満たされた時代。そこで人々は利他的な想いを馳せるようになります。それは、目の前の欲求だけでなく、未来の子どもたち、未来の地球まで持続可能な成長を遂げられるだろうかということ。大きな不足・不満が解消された後、人々は普段は考えないけど、ふと考えると怖くなる不安に対する解消を求めはじめます。
マーケティング4.0
──従来型からデジタルへ デジタル化は人間中心へのトレンドをさらに際立たせる。Y世代は──また、Z世代もある程度──デジタル経済に引き寄せられている。モバイル・インターネット、ソーシャル・メディア、eコマースの台頭は、顧客が購入までにたどる道筋を変化させた。マーケターはオムニ・チャネル・プレゼンスによって製品・サービスを伝え、提供することで、この変化に適応した。
モノもジョウホウも消費しきれないぐらい膨らんだ時代。人々はリアル・デジタルに関わらず、経験価値を求めるようになった。マーケティングはそれに応えるべく、オムニ・チャネルでプレゼンスを発揮できるように環境を整えた。
マーケティング5.0
──人間のためのテクノロジー Z世代とアルファ世代の登場により、マーケティングがもう一度進化する時が来た。 もっとも若いこれら二世代の最大の関心と懸念は、二つの方向に向かっている。一つは、人類にプラスの変化をもたらし、人間の生活の質を向上させることだ。もう一つは、人間の生活のあらゆる面で技術の進歩をさらに推し進めることだ。Z世代とアルファ世代に対応するためには、マーケターは人間の生活を高めるためにネクスト・テクノロジーを導入し続ける必要がある。つまり、マーケティング5・0は、マーケティング3・0(人間中心)とマーケティング4・0(テクノロジーというイネーブラー)を統合したものになる。
2020年、人々がマーケティング3.0の時代からずっと抱えてきた漠然とした不安が一気に表層化した。そのきっかけはCOVID-19のパンデミックであったが、気候変動による災害の頻出、人種差別によるBLM(ブラック・ライヴス・マター)のかつてない波及、そして起こるはずがないと思っていた戦争まで。しかし、マーケティング3.0の時代にはまだ持ち得ていなかった、それらを解消に導くためのテクノロジーも備わってきた。人々の不安を解消する、利他的なマーケティングの時代がはじまる。
マーケティングという言葉は多くの方にどのように受け止められているでしょうか。ともすると「大衆操作的な嫌な言葉」と思っている人たちもいると感じていますし、実際にそんな上から目線でのマーケティングがたくさん存在もしています。しかし、コトラーのこうした整理を見て、解釈すると、マーケティングで取り組むべき良い視点と気づきを得ることができ、勇気づけられます : )
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