エルヴィス ―― 分断をつなげ、抑制を開放するスーパースターの物語

バズ・ラーマン監督作品「映画 エルヴィス」を観ました。

今回の劇場は有楽町の丸の内ピカデリー/シアター2です。2階席がある大きなスクリーンですが、平日の雨の夜、観客はボク含めて4名(空いているのに端っこに座っている人がいなければですが)のみと、大分寂しい感じでした。ここまで少ないオーディエンスの映画体験も珍しいです。まぁ、2022年の7月は映画もドラマシリーズも注目すべき作品がとても多く、ポップカルチャー好きはみんな忙しいんだと想像しています。ボクも他候補を悩みながら、今回はエルヴィスを選びました。

映画 エルヴィスについて、作品の背景、ストーリー、撮影と編集の視点で記録しておきます。

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エルヴィス ―― 作品の背景について

エルヴィス ―― 作品の背景について

本作は1950年代のアメリカから始まります。今よりももっと、レイスやジェンダーの差別による分断が横行していた時代です。その時代を生き、スーパースターとして活躍する一方で、ドラッグに溺れ、後にブラックカルチャーの盗用という非難も受けることになるエルヴィスの道程を描きます。しかし、映画の中のエルヴィスは、分断されていたブラックミュージックとロックを融合し、黒人アーティストとも交流し、人種の橋渡しを行います。さらに、抑圧されていた女性を解放する役割も担っていたことがわかります。時にそれは保守的な人たちに疎まれ、攻撃されることもあります。しかし、本人が望むも望まぬも、それにかかわらず、スーパースターの役割から降りることができなかった人生が描かれていました。

インターネット、ソーシャルメディアの大衆化によって、現代は性別・人種・カルチャーの数多くのポップアイコンが作られる時代です。そこには、本人は望まなくともステージに上げられてしまうアイコンも存在するでしょう。期待を背負わされ続けるポップアイコンと、それらの後ろ側にいるコントロールする人たちや大衆にも、それはどうなの?と語り掛けてくる背景を持つ作品だと感じました。

エルヴィス ―― 作品のストーリーについて

エルヴィス ―― 作品のストーリーについて

本作のナラティブは2人。エルヴィスと彼のマネジメントを担当していた「パーカー大佐」です。2人の邂逅から、成功と挫折、降りられない役割と依存するモノゴトについてストーリーが展開します。そして、やはりこうしたドキュメンタリー映画のハイライトは序盤にやってきます。貧しい出自からスターダムを上りつめるエルヴィスの姿と、その過程で描かれる女性たちの解放、ブラックカルチャーと溶け合う場面のドライブ感がとても気持ち良い物語です。黒人街のバーで、B.B.キングやリトル・リチャードの音楽と絡み合うシーンはとにかく最高。

そして、成功の後に、そこに群がる人々によって転落していく姿が描かれるのも、ドキュメンタリー映画ではよくある話。きらびやかで輝かしいラスベガスを拠点としてからのエルヴィスは、降りたくても降りられないポップアイコンとして苦悩し、ドラッグに依存していく。そしてそれに輪をかけるように、パーカー大佐はギャンブルに依存し、その負債までエルヴィスに背負わせていく。最後までそのアディクトから逃れられなかった2人のままで、この映画は終わりを迎えます。

エルヴィス ―― 撮影と編集について

エルヴィス ―― 撮影と編集について

バズ・ラーマン監督のシグネチャーであるグリッター(きらびやかで輝かしいけど、まがまがしい)な撮影と編集にピッタリと合う映画でした。ラスベガスが言わずもがなですが、黒人街の教会であってもバーであっても、光り輝くカラードの肌と汗、見開かれる目と震える唇は、これぞグリッターだ。と思わせてくれる映像が満載です。そしてそれらを際立たせる編集はカメラの位置。きらびやかな会場とうごめくオーディエンスを遠くにカメラを置いて見せると、次にはアーティストの下半身から唇まで、密接する位置までカメラを持っていきまがまがしく撮影する。きらびやかな情景と、それを生み出すまがまがしい細部を見せつけてくれる撮影と編集でした。

エルヴィス ―― 分断をつなげ、抑制を開放するスーパースターの物語

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