ウェスト・サイド・ストーリー ―― 分断の先にあるものは。スピルバーグが今、この映画を撮る理由を考える。

日本では2月に公開開始されたスティーブン・スピルバーグ監督作品「ウェスト・サイド・ストーリー」を観ました。今回もシネマサンシャイン池袋のIMAXレーザー/GTシステムのスクリーンで。スピルバーグのダイナミックな撮影と、ミュージカル映画の上質な歌とダンスを超大画面・高音質のスクリーンで堪能することができました。

ウェスト・サイド・ストーリーは60年前にも映画化された歴史的なミュージカルです。名前も内容も知っている人が多い作品だと思います。そのミュージカル作品をなぜ今、2020年代に稀代のディレクター、スピルバーグが再び撮るのか。そんな視点で全世界が観ていると感じています。残念ながら、「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」の大ヒットに押されて、興行的にはイマイチということですが、アカデミー賞の作品賞にもノミネートされています。

そんな背景を鑑みつつ、スポイラー(ネタバレ)も含みますが、背景やストーリーを記録しておきます。

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ウェスト・サイド・ストーリー ―― 作品の背景について

ウェスト・サイド・ストーリー ―― 作品の背景について

改めて。なぜ今、スティーブン・スピルバーグがこの作品を撮ったのか。

作品の中で繰り広げられる、ポーランド系米国人とプエルトリコ系米国人の分断によって引き起こされた悲劇を、今の世界と重ねて考えてみたくなります。米国内のグローバリズムとナショナリズムの分断。ホワイトとカラードのレイシャルによる分断。格差社会の上と下との分断。そして、昨日はじまってしまった新たな戦争の背景にある資本主義と社会主義、民主主義と権威主義による分断。情報が瞬時に世界を飛び交うようになった情報化社会では、少しの姿勢の違いによって大きな分断が各所で起こっています。

スピルバーグはこの世界的なミュージカル作品のエンディングにサプライズを用意することなく、そのまま分断による悲劇を描き切って終わらせています。愛する人や仲間を守るために、分断を断ち切ろうと奔走するトニーとマリアに訪れる結末は、60年を経てもやはり悲劇でした。作品と通してスピルバーグが鳴らす警鐘が世界中に届けばいいと、そう感じざるを得ない作品です。

ウェスト・サイド・ストーリー ―― 作品のストーリーについて

ウェスト・サイド・ストーリー ―― 作品のストーリーについて

ナラティブは主人公の男女2人。ポーランド系米国人の「トニー」と、プエルトリコ系米国人の「マリア」です。1950年代のニューヨーク:ウェスト・サイドでは、ポーランド系米国人の不良集団ジェッツと、プエルトリコ系米国人の不良集団シャークスが不毛な争いを続けていました。トニーはジェッツの元リーダー、マリアはシャークスのリーダー「ベルナルド」の妹というフッドを持っています。

2人の出会いはジェッツとシャークスの仲を取り持とうと開催されたダンスパーティでした。仲間に呼ばれて気が乗らないまま参加したトニーと、兄に連れられて参加したマリアは会場で視線を交わすとすぐに恋に落ちます。しかしそれは、対立する2つのグループの間では禁断とされる恋でした。2人の振る舞いもきっかけの一つとなり、ジェッツとシャークスは決着をつけるための戦いを決断します。

出会いの夜。こっそりとマリアの家を訪ねるトニー。それを受け入れるマリア。しかし2人は恋を実らせるためにはジェッツとシャークスの争いを止めなければならないと決意します。しかし、ジェッツの仲間に停戦を呼び掛けるトニーの言葉は届かず、対決の夜が訪れます。その場所に分け入ってでも戦いを止めようとするトニーでしたが、やはり分断の結果は悲劇でした。戦いの最中、シャークスのリーダーであり、マリアの兄であるベルナルドの命が絶たれてしまいます。

悲劇が悲劇を呼ぶ連鎖が転がりだします。誤解と嘘と陰謀が渦を巻き、最低限守られるべき倫理さえも壊れ、分断の谷はさらに深く掘られていきます。暴走する2つのグループによって引き起こされた結末はトニーの死という悲劇でした。愛するマリアの腕に抱かれて最後を遂げるトニー、それを見つめながら分断が巻き起こす悲劇を思い知る不良たち。ウェスト・サイド・ストーリーは分断によってファナティックになる人々に悲劇を見せつける物語でした。

ウェスト・サイド・ストーリー ―― 撮影と編集について

ウェスト・サイド・ストーリー ―― 撮影と編集について

美しい歌とダンスシーンが盛りだくさんの映画。だからこそ悲劇が際立ちます。スピルバーグの撮影と編集は、彼の特徴と言われる視点と構図の妙が本作でもふんだんに感じることができます。視点は上下の移動が印象的です。禁じられた恋へと向かう2人を表象するように、上からトニーを見つめるマリアの視点。下からマリアを見上げるトニーの視点。彼らの気持ちは近くにいるけど、立っている場所は交じり合えない距離があることを撮影で思い知らされます。

構図の妙はダンスシーンで。対立する2つのグループのファナティックに追い詰められていく気持ちと、分断の溝をダンスシーンにおける構図で描き切ります。とても美しい、けれども苛烈に走り出してしまうであろう危険な空気を感じる撮影と編集です。

今、世界は分断の悪い熱狂に侵されているのかもしれません。一度立ち止まることはできないのでしょうか?ファナティックに走り出した分断社会は、止めがたく、悲劇へ向かうことをスピルバーグは描いてくれました。テレビから新聞からスマホから、いやおうなく分断のニュースが届き続けています。ボクには何もできないけれど、この映画を観て、立ち止まってくれないかな。

ウェスト・サイド・ストーリー ―― 分断の先にあるものは。スピルバーグが今、この映画を撮る理由を考える。

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