ブレイキング・バッド ―― 史上最高のドラマシリーズがハラハラさせる要因は主人公に対する感情の変化のふり幅が大きいから

ずっと、観たい。観なくては。と思っていた、ドラマシリーズ「ブレイキング・バッド」を昨年末から観はじめて、ラストのシーンズ6まで観終えました。

史上最高のドラマシリーズと評価されるブレイキング・バッドですが、ボクも大興奮のまま最終話を迎えました。放送されたのは、2008年~2013年まで。米国が抱えるイシューをふんだんにストーリーにまぶし、それを引き受ける主人公「ウォルター・ホワイト」が『ブレイキング・バッド(悪に落ちていく)』していく様子はハラハラの連続です。そして、そのハラハラする要因は、主人公ウォルターに対するオーディエンスの共感度の移り変わりだったと、今は思います。

最初は同情、次に羨望、そして嫌悪、最後は悲しみ。ウォルターの言葉、行動、眼差しに様々な感情が渦巻き、そしてその振れ幅がとてつもなく大きい。大きな問題と家族への愛情をずっと目の前で天秤にかけ続け、その指針が揺らめくたびにウォルターが起こすアクションに、同意したり反目したり。大きく感情が揺らめきました。同時に、自分の家族への愛情を改めて確認したり。

全6シーズン、62話を通して、大きな感情の揺らぎとともにハラハラさせ続けてくれたブレイキング・バッドの感想を、背景とストーリー、撮影と編集の視点で記録します。7年以上前に完結したドラマですが、スポイラー(ネタバレ)情報も含みますので、気になる方はお気をつけください。

目次 - post contents -

ブレイキング・バッド ―― 作品の背景について

ブレイキング・バッド ―― 作品の背景について

ウォルターが最初に直面するのが、米国の「医療保険制度」の問題です。ニューメキシコ州アルバカーキで地元高校の化学教師を務めていたウォルターがガンに侵されることが、悪に落ちていくきっかけとなります。前述の通り、2008年からはじまったドラマシリーズですが、同年はリーマンショックとともに大統領候補であった「バラク・オバマ」が掲げる保険政策「オバマ・ケア」が話題となっていた時期でもあります。国民皆保険制度を有する日本とは異なり、米国では病気やケガによって人生が大きく変わってしまうリスクがあります。

そんなガンによって人生の危機に面したウォルターが足を踏み入れるのが、ドラッグの世界。こちらも米国の大きな社会課題のひとつです。製造・流通・販売などドラッグに関わることの実情とそこで得られる富、権力争いなど、ドラッグを巡る狂乱がブレイキング・バッドの背景には流れています。

そして、資本主義経済社会の問題も見えてきます。ウォルターが悪に落ちていくきっかけは医療保険制度の問題でしたが、その根っこにあるのは自らが立ち上げ、そして退いた後に成功を収める「グレイ・マター社」への嫉妬がありました。同社の株価・時価総額を毎週チェックしながら、本来ならば自分はこれだけの富を得られたはず。という嫉妬が、よりドラッグの道の深みへと進む根っこになりました。また、ドラッグの流通においても、巨大なコングロマリット企業がその一翼を担っているという、グローバル資本主義経済の見えないブラックな一面を想起させるものでした。

ブレイキング・バッド ―― 作品のストーリーについて

ブレイキング・バッド ―― 作品のストーリーについて

前述の通り、終始オーディエンスをハラハラさせるブレイキング・バッドのストーリーは、主人公ウォルターへの共感度が変わり続けるからだと思っています。

ドラマの冒頭、ガンの告知を受けてからドラッグの精製をはじめた頃。ドラッグを作ってもうまく流通できなかったり、様々なトラブルに巻き込まれるはじめの頃のウォルターには「同情」しか感じません。家族のために危険な道へと進み、苦難を経てお金を手に入れても、その過程で起こったトラブルを解消するために使ってしまうので手元にあまり残らなかったり。バッドな道と理解しつつも、ウォルターを応援したくなります。

そして、次にウォルターに感じるのが「羨望」。ドラックディーラーの大物「トゥコ」との取引で、不当な扱いをされたパートナー「ジェシー・ピンクマン」の後を引き継ぎ、正当な取引とジェシーの無念を晴らすために、トゥコの事務所に乗り込み牽制のために爆発を起こすシーン。とてもかっちょ良かったです。そのころからウォルターの目つきは鋭くなり、化学の力と大きな覚悟を持って次々とふりかかる難題を解決していきます。その最高潮であるのが、シーンズ4のエピソード46、麻薬マフィアのボス「ガス」との戦いでしょう。このシーンについては後述しますが、ガスとの戦いを制し、十分な金も手に入れたウォルターが、ここからさらに悪へと変わっていきます。ここで止めておけばよかったのに。そこで止まらないのが「ブレイキング・バッド」の道です。

ここからのウォルターには「嫌悪」の気持ちを抱きます。家族のために、とはじめたドラッグの精製はいつの間にか自身のトラウマの解消や力を誇示するための方法に変わっていきます。それに、妻である「スカイラー」や、ジェシー、弁護士の「ソウル」、義弟で麻薬捜査官の「ハンク」を巻き込み、周囲の反対や示唆には耳を貸さず、悪事を重ねていきます。ひとつの問題を解消するたびに、その過程で新たな問題が生まれ、悪の道がいかに不毛であるのかを感じさせます。ただ、最初の頃と違うのが、その過程で手に入る金額の大きさ。ウォルターは巨万の富を得て、ドラッグの王へと昇りつめていきます。

最後に「悲しみ」。一時期パートナーだった「ゲイル」が残した本がきっかけで、義弟のハンクに黒幕であったことが露呈してしまいます。そこからラストに向けて、ウォルターのたどる運命に悲しさを感じてきます。ハンクに追い詰められ、ガンも再発、ジェシーには憎しみの対象とされ、最愛の息子「ウォルター・ジュニア」にも見放されます。追い詰められたウォルターは、神回との評判が高いシーズン6エピソード60「オジマンディアス」で、すべての罪を1人で背負う選択をします。その後は、ひとり隠遁生活を送りながら、ハンクを殺害し、ドラッグで得た金のほとんどを奪っていった「トッド」と「ジャック」の一味への復讐だけを考えて暮らします。

そして最後は、ガンや隠遁生活によって心身ともにボロボロになりつつも復讐を果たしますが、その過程で負った傷によって、ひとり死んでいくのです。

ブレイキング・バッドはこうしたウォルターの悪に落ちていくストーリーだけでなく、登場人物それぞれに良い面と悪い面のコントラストを描いているところも興味深いです。良妻だったスカイラーは、ウォルターの裏の顔を知ったことがきっかけで、不倫や自らも犯罪の片棒を担ぐ悪妻に変わっていきます。ジェシーはジャンキーのチンピラとして登場し、その行動にヤキモキさせられるストーリーが進みますが、愛する人や子どもへの優しさが感じられるエピソードが挟まり、愛すべきキャラクターとなっていきます。

ハンクは仕事熱心で明るい熱血漢ですが、ときに無神経で人の気持ちを逆なでする場面が鼻につきます。その妻「マリー」はちょっとおせっかいだけど家族思いですが、万引き癖がある女性としても描かれます。ソウルはインチキ臭くて会話も煩いキャラクターですが、意外にもクライアントであるウォルターを最後まで気にかけて面倒をみてくれました。こうした登場人物のコントラストの描き方も、終始ハラハラさせるストーリーの良い味つけになっています。

そんな中、ボクは終始素敵だなと思った欠点がないキャラクターが2人だけいます。ひとりはソウルのパートナーであり、ガスのパートナーでもある。そしてウォルターのパートナーにもなる「マイク・エルマントラウト」です。終始冷静でかっこいい。悪事をサポートするけれど、どこか一本筋が通ったところがある人物で、なにより孫娘のことを愛し、彼女のためにお金を残そうと奮闘します。もう一人が、ウォルターの息子ジュニアです。脳性麻痺というハンデを背負いながら、ひたむきに暮らし、家族と父親を愛す若者です。人の話を素直に受け取り、でも違うと思ったことはしっかり主張する。本作でもっとも愛すべきキャラクターです。だからこそ、最後にウォルターの気持ちが伝わらなかったのが本当に悲しくて。ウォルターに対する最後の感情を「悲しさ」と表現したくなりました。

ブレイキング・バッド ―― 撮影と編集について

ブレイキング・バッド ―― 撮影と編集について

ブレイキング・バッドの編集はとにかく、毎回の最初と最後がかっちょいい。エピソードの最後のシーンを最初にチラ見せする、フラッシュフォワードという編集手法がよく活用されています。シーズン2ではこれがシリーズ全体に施され、毎回何かの終わりを暗示する映像からはじまり、その答えはシーズン2の最後のエピソードで回収されるというドラマシリーズだからこそ実現ができる演出が際立ちました。シーズン5エピソード51では、荒野を自転車で駆ける少年の描写からスタートします。物語は貨物列車からメスの原料を盗み出すストーリーですが、完全犯罪完了かと思われた場面で、冒頭の少年が姿を現すのです。このつながり方に驚いたし、すごくかっこよいと思いました。そして、ラストは銃声とジェシーの叫び声で終わるという。最初と最後が本当にかっちょいい。

その中でもラストシーンがたまらなくしびれるのが、シーズン4ピソード46「フェイス・オフ」のガスの死に際です。前述の通り、このエピソードがボクのブレイキング・バッドの一番のハイライトでもあります。ガスの殺害を企てるも失敗を続けていたウォルターは、かつては自身も命を狙われたことがあるマフィアの大物「ヘクター・サラマンカ」と協働します。サラマンカの元を訪れたガスに、ほぼ全身不随なサラマンカが唯一動かせる右手の人差指を使って、ウォルターが仕込んだ爆弾を起動させます。その爆発のシーンでは、カメラはその部屋の外に移ります。扉の向こうから聞こえる爆発音。扉を開けて出てきたのは、いつもの通り、涼しい表情を浮かべるガスで。いつも通り、ネクタイをキュっと締める彼を象徴する仕草をして。あれ、殺害は失敗だったかな。と思ったところで、ガスを右側から撮影していたカメラが左側にまわります。そこで見えたのが、向かって左側、ガスの顔の右半分の皮膚が吹き飛び白骨が露わになっている姿でした。そして、涼しい顔のまま前のめりに倒れるガス。

このラストシーン、カメラワークの撮影と編集にしびれました。

ドラマシリーズ史上最高傑作と評価が高いブレイキング・バッドですが、そのストーリーも撮影と編集についても、評判通りに興奮することができました。とにかく、演出と主人公ウォルター・ホワイトを演じる「ブラアイアン・クランストン」がかっちょいいです。観た人のだれもが「絶対観ておいた方が良い」とオススメしますが、ボクも同じリコメンドをしたいと思います。スピンオフ作品として、本作に登場した弁護士ソウル・グッドマンを主人公に据えた「ベター・コール・ソウル」も評判ですが、これも観ることに決めました。スピンオフといっても、もはやブレイキング・バッドのエピソード数を超える作品になることが決まっている、ロングヒットのドラマシリーズです。ブレイキング・バッドロスにならずに、続けて観られるのがうれしいです : )

ブレイキング・バッド ―― 史上最高のドラマシリーズがハラハラさせる要因は主人公に対する感情の変化のふり幅が大きいから

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この記事を書いた人

マーケティングに関わる仕事に20年以上携わっています。感銘を受けたポップカルチャーをマーケティング視点で記録したり、日々の暮らしや身に着けているもの、健康・投資について記録するためにブログを活用しています。

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