マスター・オブ・ゼロ ―― マイノリティがナラティブに語る日常と、そこに塗される社会課題

ネットフリックスドラマ「マスター・オブ・ゼロ」を観ました。

制作・主演は「アジズ・アンサリー」。本作の主人公の「デフ」と同じ、北米に住むインドをルーツに持つマイノリティです。そして、物語もニューヨークに住むマイノリティの日常と、そこにマイノリティだからこそ、いやおうなしに感じてしまう社会課題が散りばめられている内容です。コミカルな表現にニヤニヤしながら、直面する課題に唸りながら、シーズン1から最新作のシーズン3まで一気に観たので、感想を記録しておきます。

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マスター・オブ・ゼロ ―― 作品の背景について

マスター・オブ・ゼロ ―― 作品の背景について

本作の背景には常にマイノリティの日常が描かれています。北米に暮らすカラードの日常、クイアの日常。そしてそれらがすべて当事者のナラティブとして語られているのが大きな特徴です。マイノリティであっても、友人のパーティに出かけ、両親と夕食に出かけ、ワンナイトの付き合いがあって、本当の恋に落ちて、別れた傷心を癒すために海外で暮らすことを決めたりします。マッチングサイトで遊んで、知人の恋人に恋に落ちて、時には出世して。クイアの恋人と結婚し、子どもを持つことを夢見て、別れて、過去を懐かしんだりします。

そして、そんなマイノリティの日常には大きくはないけれど、でも確実にマイノリティだから直面する課題や問題があります。普通だけどちょっといびつな、そんな日常を描いた作品です。同じく、北米に暮らすカラードの日常を描いた「アトランタ」にも共通する背景です。マイノリティがナラティブに語る日常、こうした作品が生き生きと表現できるのは、その日常を細やかに丁寧に語ることができる、ドラマシリーズというフォーマットならではなのかもしれません。

マスター・オブ・ゼロ ―― 作品のストーリーについて

マスター・オブ・ゼロ ―― 作品のストーリーについて

本作は現在シーズン3まで制作・公開されています。シーズン1と2では、インド系移民2世のデフが、シーズン3ではカラードでクイア女性の「デニース」がナラティブを担当します。

医者の父を持ち、裕福な家庭に育ちながら、自らは俳優としての成功を目指すデフのナラティブは活動的でコミカル。しかし、その生活の中には前述の通り、マイノリティとして直面する社会課題がまぶされています。結婚・出産と育児、移民2世として感じる親世代との分断、エンターテインメント業界に横行するレイシャルな風潮。俳優を目指し、オーディションに参加するもインド系である出自から、インドなまりのキャラクターを強要されることに疑問と憤懣を感じるデフは、その感情を理解してくれる「レイチェル」と出会い恋に落ちます。やがて結婚を意識しはじめた2人は、夢と家庭の狭間で揺れ動く気持ちによって、距離ができ別れを決めることになります。

傷心とともに、自らの行く先を再確認するために、デフはイタリアでパスタ料理の修行を積むことを決意します。

シーズン2の冒頭では、デフのイタリアでの生活が描かれます。そこで出会うイタリア女性の「フランチェシカ」がデフの心を惑わせます。イタリアでの修行を終え、ニューヨークに戻ってきたデフ。北米と欧州の文化を体に浴びて再びニューヨークで暮らしはじめますが、変わらずインドの文化を大事にする両親との関係や、宗教・文化に悩んだり、一方でマッチングサイトに嵌り、毎晩マッチングした女性と食事をしたり。失敗したり、時にはうまくいったり。でも、ベッドインした女性の枕元にあった黒人人形がきっかけでレイシャルなことに対する言い争いになったり。悩みながらも、失敗しながらも、活動的にコミカルな生活を続けています。

そんな生活の最中、俳優としてではなく、料理バラエティ番組の司会者として白羽の矢が立ち、司会者として小さな人気を得ていきます。わちゃわちゃとした生活の中、フランチェシカがニューヨークにやってきます。彼女は永く付き合ってきた彼氏との婚約を決めていました。気心があうフランチェシカと友人として交流を深めていく過程で、デフはフランチェシカに恋をしてしまいます。危険な恋だと知りながらも彼女に惹かれ続けるデフ、フランチェシカもマリッジブルーを感じる中で、デフの好意を受け止めつつあります。やがて、デフはフランチェシカにその想いを伝える決意をしました。しかし、フランチェシカはデフの告白を受け入れることなく、フィアンセとともにイタリアに戻っていきます。

失意のデフをさらに苦難が襲います。デフの企画によって新たにはじまることになったグルメ旅番組のプロデューサーのセクハラ問題が発覚し、共演するデフも共犯者のように糾弾されることになります。苦境に立たされるデフ。その途中で、物語はデフと親友デニースの幼少時代からのエピソードを語りはじめます。幼少期から自分をクイアだと認識しているデニースは、カラード女性としてしっかり生きることを教育し続ける母親に、どうして伝えるのかを悩んでいます。毎年の感謝祭で、デニースの家族とデフが一緒に食事を共にする機会で、そのデニースの物語は少しずつ進展していきます。告白し、やがて母親に受け入れられたデニースの物語が、シーズン3で語られます。

シーズン3では、デニースは作家として成功し、かつクイア女性「アリシア」と結婚し、郊外の古く素敵な家に暮らしています。次回作の執筆に取り組みながら、愛するアリシアとの平穏な生活をおくるデニース。二人の家にはデフが訪ねてきます。シーズン2の終わりに苦境に立たされたデフは、どうやら厳しい生活を送っているようです。デニースの家に一緒に訪れた現在の彼女との仲も険悪となり「人生の底に暮らしている」と告白するデフ。デニースは優しくデフを励まします。

デニースとアリシアの生活は、次のステップへと進みます。子どもを持ちたいと人工授精に挑むアリシア。そんな彼女をサポートしながらも、次回作に煮詰まるデニース。アリシアは人工授精によって妊娠するも、出産には至りません。仕事と家庭、理想と現実の狭間で揺れる二人の仲は徐々に壊れていき、離婚という決断に向かいます。失意の中で、それでも再び出産に挑むアリシアは様々な苦境を乗り切り、ついに愛する娘を出産します。

月日が流れ、お互いの家族を持ち、新しい環境を得て、再開するデニースとアリシア。すでに売却し、他人のものとなってしまった想い出の家に民泊の客として訪れて、一晩を一緒に過ごします。過去の過ちや後悔をポツポツと語りながらも、以前のように楽しく会話を交わす二人。失敗も後悔もたくさんありながら、次のステージへと歩みを進めたデニースとアリシアの姿を確認して、マスター・オブ・ゼロのシーズン3は終わります。今、デフはどんな場所に立っているのでしょうか。シーズン4を心待ちにしています。

マスター・オブ・ゼロ ―― 撮影と編集について

マスター・オブ・ゼロ ―― 撮影と編集について

ナラティブな会話劇で進み、大きなカタルシスはない作品です。そんな作品の中に、コントラストを表現したのがマスター・オブ・ゼロの撮影と編集で特筆するべきポイントです。

シーズン1と2、デフがナレーターを務めるシーズンでは、ニューヨークやイタリアの街の風景がくるくると入れ替わるカラフルな画面と展開の早い会話が印象的な作品です。一方で、デニースがナレーターとなるシーズン3は本当に静かな作品に様変わりします。デニースの家の中での静かな画面が撮影の大半を占めます。デニースとアリシアの会話も穏やかでゆっくりとしています。加えて、画面サイズも画質も変化しています。16:9の画面サイズが、シーズン3では4:3のサイズに変わり、画質もザラっとしていて、少し古めの静かな映画を観ているような、そんなコントラストを演出する撮影と編集でした。

この変化は何を表象しているのだろうか。ひょっとしたら、ボクらが思っている時系列とは違う進み方をしているのだろうか。そんな勘ぐりをしてしまうような編集です。答えはシーズン4にあるのでしょうか。次のシーズンを楽しみに待ちます : )

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