いつもボクに数多くの視点と気づきと、感動や驚きを与えてくれる映画。そして、それは大作であればあるほど、世界中の多くの人が目にして心に残し、社会の空気を変えていくものであると持っています。その頂点がハリウッド映画です。
しかし、それが終焉を迎えると言われています。そんな刺激的なオピニオンを投げ込んでくるのは、映画評論家の「宇野維正さん」です。数々ある映画やドラマを選ぶ中で、ボクが何を見ようかと選ぶ道標としている人でもあります。社会と映画、そして映画の表側と裏側をひとつなぎにして語る、宇野さんの刺激的な視点で見たハリウッド映画の過去と今とこれからについて、軽快に記された新書「ハリウッド映画の終焉」について、何回かに分けて記録と気づきを残していきます。
映画界は今、権威者が力を持つターム
サム・ライミ版の『スパイダーマン』1作目、スター・ウォーズのプリクエル3部作の2作目『スター・ウォーズ/クローンの攻撃』、ハリー・ポッター・シリーズの2作目『ハリー・ポッターと秘密の部屋』などが大ヒットを記録した2002年。ハリウッドのメジャースタジオは約140本の新作を劇場公開し、映画界全体では北米だけで約15億7500万人の年間観客動員を記録した。一方、2022年に劇場公開されたメジャースタジオ作品は73本、北米の年間観客動員は約8億1200万人だった。つまり、この20年で公開本数も観客動員もほぼ半減しているわけだ。ちなみに2023年に劇場公開されるメジャースタジオ作品は2022年とほぼ同じ77本となることが見込まれている。
本書ではこの衝撃的な数字によるファクトから問題提起がはじまります。世界はポストコロナの環境が進み、経済活動の再開による熱狂が伝播しています。宿泊施設や交通機関が軒並み2019年並の動員・売上を記録する。そんなデータが飛び交っています。しかし映画界・映画館は20年前の最盛期と比較して、観客動員数は半減。公開本数も半減。北米の観客動員とメジャースタジオ作品に限ったデータではありますが、特に公開本数が半減しているファクトには驚かされます。
140本から70数本へと製作本数が半減することで、真っ先に削減されるのは、シリーズものではない作品、監督の作家性の強い作品、オリジナル脚本の作品といった興収の予測が立ちにくい作品だ。また、これまで若手監督の登竜門となってきた比較的製作予算の低いホラーやコメディなどのジャンルムービーの製作本数も、メジャースタジオ作品は近年減少傾向にある。
(中略)
メジャースタジオからリリースされる作品はシリーズもの(=フランチャイズ映画) ばかり、それも観客を呼べる有名スターたちが出演している作品が中心となり、年に数本のメガヒット作品が映画産業全体を支えるという傾向が年々強まっている。2021年に公開された作品で代表的なのは、北米歴代興収3位となった『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』。2022年に公開された作品で代表的なのは、北米歴代興収5位となった『トップガン マーヴェリック』。歴代トップ5に入るような作品がここまで短期間に連続したのは異例のことだが、もしこの二つの作品がなかったら、パンデミック以降の映画館経営は北米だけでなく世界的にも壊滅的なことになっていただろう。
(中略)
メジャースタジオが製作作品の「選択と集中」を徹底して、さらにそこで生き残った作品群の中から特定の作品に集客が極端なほど偏る。まさに新自由主義社会における「富の集中」と「格差」の問題そのままのことが現在の映画界で起こっている。
ボクが映画作品の中で興奮を覚えるのは、リベラルな作品たちです。格差を打ち破り、多様性を推し進める。映画に限らず、音楽やアートでも、いつでも心を掻き立ててくれるのは虐げられるものたちのナラティブです。そして、そうした日陰者たちのストーリーが大衆の心に火をつけることでプレゼンスと富さえも得ることができる。そんなポップカルチャーの力に惹きつけられてきました。しかし今や、映画界は「格差」を象徴する構造になってしまっていると言います。
この本は、まさに今現在ハリウッドで起こっている、脚本家と俳優によるストライキ以前に書かれた本です。しかし、ここで鳴らされた警鐘はその少し後に具体化して、解決の糸口さえ見つけられずに、さらに映画の制作・公開本数を減らす要因となっています。その構造にもう一歩踏み込んで書かれています。
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の配給はソニー・ピクチャーズ。『トップガン マーヴェリック』の配給はパラマウント・ピクチャーズ(日本配給は東和ピクチャーズ)。ソニー・ピクチャーズは主要メジャースタジオで唯一、自社のストリーミングサービスのプラットフォームを持つことはないと公言しているスタジオで、パラマウント・ピクチャーズも北米などで展開しているパラマウントプラスのグローバル展開が遅れている。そんな2社の作品が世界中で突出したヒットを記録したのには「当分は映画館でしか観られない」という背景があった。 その一方、2021年から2022年にかけて、ディズニーやワーナーはいかに自社のストリーミングサービスの契約者の数を増やすかに経営の主軸をシフトして、自社作品の独占配信公開や劇場公開との同時配信を推し進め、遅くても劇場公開から6~7週間後にはほぼすべての作品を配信してきた。新作映画を製作して、宣伝して、劇場で公開して、その興行で一次収入を得る、というメジャースタジオのこれまでのビジネスモデルは、もはや自明のものではなくなっている。
現在、ハリウッドのストライキの原因のひとつとなっているストリーミングによる動画配信の一般化による弊害と、その動画配信プラットフォームを運営する会社の大株主が、映画界とは異なるグローバル企業であること。テクノロジーは持たざるものへパワーを与えてくれるツールにもなりますが、権威者の力を増長させる道具にもなります。映画界では今、後者が進むタームとなっています。しかし、このままそれが進み続けることはきっとないと思います。この後、この本で書かれる社会に影響を与えるテーマと、それによって起こされた変化を見ながらそう思いました。
映画界という生態系・エコシステムは変化を迎えています。大きなうねりのなかで、今は権威者が獲得している力を、まるで映画のストーリーのように、大衆が持たざるものが再び取り返していくようなそんな映画界自体の映画がはじまる予感もあります。ひきつづき、本著を紐解きながら、そんな道のりを考えてみたいと思います。
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