君たちはどう生きるか ―― VUCAな時代の眞人たちへ

宮﨑駿監督が引退を撤回し10年ぶりに公開した映画「君たちはどう生きるか」を観ました。劇場はTOHOシネマズ上野です。IMAXシアターでも公開されていた作品ですが、「ミッション:インポッシブル」や「キングダム」など、夏休みの大作映画の公開が続きあっという間にIMAXでの公開は終了し、残念ながら通常の劇場で観ることになりました。

前作の「風立ちぬ」も10年前の夏に映画館に足を運んで観たことを思い出します。宮﨑駿監督が引退を撤回してまで、漢字の表記を変えてまで(崎から﨑【たつさき】へ)、何を描き、何を伝えたかったのかドキドキする想いと、日本の偉大なクリエイターの恐らく最後の作品を観ることになる少しの寂しさとともに座席につきました。

そうして臨んだ、君たちはどう生きるか。その作品の背景・ストーリー・撮影と編集について記録しておきます。

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 君たちはどう生きるか ―― 作品の背景について

第二次世界大戦中、本作の主人公「牧眞人」には不安定で不確実、複雑で曖昧な出来事が次々と襲い掛かります。作品に対するネガティブよりの評価も「目まぐるしくて意味がわからなかった」というオピニオンを見かけました。その作品の中の展開は、彼だけではなく、きっと多くの人にとって今よりも「VUCA」な時代だったことを反映しているのではと感じます。そんな時代・環境の中で、眞人は変化する状況を観察し、状況を判断し、自ら意思決定を行い、行動に移します。過ちを犯すこともあるけれど、その過ちを次の良い意思決定の礎とする、VUCAな時代に必要な「OODA」を実行するのが眞人です。間違ってもいい、VUCAな時代の不安に立ち竦むのではなく行動するのだ。宮﨑監督からのそんな声が聴こえてきそうです。

君たちはどう生きるか。そのタイトルの通り、本作は宮﨑監督から若い世代への「継承」の物語であると思っていました。そう想定すると、作品中の「大叔父」が監督を反映したキャラクターとなりますが、どうやら違ったようです。きっと、眞人が宮﨑監督を反映する登場人物です。VUCAな時代に立ち向かい、観察し状況を判断し、意思決定して行動する。眞人=宮﨑駿の体験を君たちに伝えること。そして、その血肉が後のジブリ作品へとつながっていったこと。観終えてみると、そんなことが分かりました。VUCAな時代の不安に慄く現代の眞人たちへ。継承ではなく、その経験と成果を堂々と見せつけてくれる。宮﨑駿監督の最新作はそんな映画でした。

 君たちはどう生きるか ―― 作品のストーリーについて

本作のナラティブは牧眞人。戦争、実母の死、転居、転校、ステップマザーとの面会、不思議なアオサギや廃墟となった塔の発見。。不安定で不確実、複雑で曖昧な状況が次々と彼に降りかかってきます。VUCAな環境に慣れずに間違いを犯すこともあります。トキシックな男性性を持つ父親の行動から、転校先の学校に馴染めずに、自ら頭に石を打ち付け被害者を演出する行動をとってしまいます。そんな自分の行動に後ろめたさを感じつつ、眞人は不思議なアオサギと廃墟への関心を高めていきます。そんな中、ステップマザーの「夏子」が森の中に入る姿を見つけます。その後、行方不明となってしまった夏子を探すために、眞人は制止しようとするお手伝いの「キリコ」を道ずれに森の中に分け入っていきます。

森の中にある塔の入口にはアオサギが立ちふさがっていました。そして、塔の大王と呼ばれる人物の声に導かれて、アオサギとともに眞人は異世界へと落ちていきます。そこもまた、VUCAな世界が待ち構えていました。不気味なペリカンの大群、若い姿の「キリコ」という名の女性漁師、白い「わらわら」という生物、炎を操る女性「ヒミ」。次々と現れる不確実で複雑な事象に直面しながら、観察・状況判断・意思決定・行動を繰り返していきます。

眞人は最後に、塔の大王であり、自分の大叔父と対面します。そこでは、大叔父に大王の後継者となること。を告げられ、決断を迫られます。彼のOODAは、自分で嘘をつく人間だということを認め、しかしそれでも元の世界で友だちを作って暮らしたいという決断でした。観察をし、間違いを認め、意思決定して行動する。彼の行動は、大叔父の作った世界としがらみのチェーンを壊す決断でした。眞人と夏子、アオサギとキリコ、ヒミは壊れゆく塔を抜けてそれぞれの元の世界に戻っていきます。眞人は母であるヒミと、ヒミと自分を支えてくれるキリコに感謝を伝え、アオサギには「友だち」であることを伝えます。そして、新しい母となる夏子を認め、元の世界の扉を抜けるのでした。

 君たちはどう生きるか ―― 撮影と編集について

宮﨑駿監督の作品は、アニメでしかできない表現があり、それがスペクタクルとカタルシスを感じさせてくれるものです。例えば、キャラクターが空を飛び、空中を走り、壁面を歩く。本作ではそのようなスペクタクルを感じる描写は控えめだったかもしれません。しかし、アニメだからできるカメラを置く位置はやはり多彩で、前後から横から、足もとから空中から、キャラクターが置かれる状況と心情を反映するカメラの位置がくるくると入れ替わり、退屈することなく目に幸福な映像が続きます。そんな多幸感につつまれながら、思います。眞人の冒険は、次のナウシカ、次のラピュタ、次のトトロのスペクタクルな映像に繋がっていくのだと。(おそらく)最終作となる本作で、継承のための物語ではなく、継続のためのはじまりの物語を描いたのだと、ストーリーとともに編集からもそれを感じ取った、想い出に残る作品でした : )

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この記事を書いた人

マーケティングに関わる仕事に20年以上携わっています。感銘を受けたポップカルチャーをマーケティング視点で記録したり、日々の暮らしや身に着けているもの、健康・投資について記録するためにブログを活用しています。

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