2010s(トゥエンティテンズ):第1章~レディー・ガガとピッチフォークの時代|フォークはユーモラスで、カントリーはエモい

2010年代のポップカルチャーのメインストリームや、そこで起きた変化を解説する本「2010s」。1周目でチェックした部分を中心に、2周目を読み進めながら感想を記録していきます。

2010年代前半の音楽シーンは、それまでのメインストリームだったインディロックがフィメール・ポップにとって代わられたタイミングだと本書では解説しています。その中心プレイヤーだった「テイラー・スウィフト」の周辺の話題で、カントリーとフォークのスタンスについてや、彼女のリリックやその中にあるナラティブなストーリーテリングについてがとても興味深く書かれていました。本記事ではその辺りを引用しつつ、感想をメモしておきます。

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テイラー・スウィフトがインディロックを殺した?

田中 サウンド以上にリリックにおけるストーリーテリングが主流になり始める―――そんな時代の萌芽が、この時期にあったと思う。実際、テイラー・スウィフトの人気は過去のボーイフレンドに対するリベンジ・ソングを次々に発表するようになってから一気に加速し始めた。それが同性からのプロップスを高めることに繋がっていく。

(中略)

そして、彼女の私小説的なストーリーテリングというのは、カントリーの伝統―――自分自身の罪や傷について歌うという伝統に根ざしている。かたやフォークというのはそもそも大衆のためのコミュニティ・ミュージックであって個人的なことはあまり歌わない。為政者のことをからかったり、社会から道を踏み外した犯罪者や義賊の武勇伝を面白おかしく伝えたり。

(中略)

だから、フォークがどこかユーモラスなのに対して、カントリーはエモいんですよ。

フォークとカントリーのスタンスの違いの説明がとても興味深いです。一歩離れた視点で語るのか、自分の物語(ナラティブ)として語るのか。テイラーは後者であって、ナラティブに語るコンテンツこそがメインストリームになる2010年代に先鞭をつけたと説明します。

ボク自身のカントリー・ミュージックの理解で言うと、学生時代にカントリーバンドを組んでいたことがある当社の社長に新橋のカントリーバーに連れて行ってもらって、カントリーのリリックについてこんな風に説明してもらったことを覚えています。「カントリーってのはさ、アメリカの田舎モノが金がねぇ。女にも逃げられた。ってメソメソしながら唄う歌なんだ」って。その表現が正しいのかどうかは分かりませんが、当時確かにボクは「そりゃ、エモいリリックだな」と思った記憶があります (^^;)

田中 2010年代というのは、個人のストーリーをいかに時代のナラティブとして昇華させて、大衆に共有させることができるのか?―――それが時代を制する一番のポイントでもあった。

宇野 ラップもまさにそうですよね。

田中 そう。あるいみ、ラップはフォークとカントリー、その両方の機能を兼ね備えている。フォークと同じくコミュニティの音楽でありながら、リリックにおける自らのリアルさを競うという部分は徹底した個の表現なわかだから。

宇野 これは映画やテレビシリーズについて語った第6章とも重なってきますが、つまり2010年代というのは徹底的にストーリーテリングの時代だったってことですよね。

業界は違うけど、2010年代のはじめにボクは企業のマーケティングにおけるストーリーテリングの重要性をずっと訴えてきました。そして、そこでのナラティブは企業や商品ではなく、商品を使ってくれているユーザー・ファンにストーリーテリングしてもらいましょう。というものでした。2010年代のはじめにソーシャルメディアが一般普及して、小さな個人の興味深いナラティブを探せば見つけられるようになったこと、そしてその興味深い物語に勇気を出せばアクセスできることに興奮をしていました。

テイラーのナラティブに対するファンの興奮も、自分もそれにアクセスできることや、もしかしたら参加できるかも。というインタラクティブな環境がドライブさせているのだと感じます。

田中 彼女の日本での人気を決定づけた「We Are Never Ever Getting Back Together」(2012年)。あれは本当に見事な歌詞で。本当は別れたくはないんだけれど、言語のパフォーマティブな機能に着目して、あえて「もう二度とよりを戻さない」という言葉を選んでいる辞典でもう十二分に見事なんだけど、ラブソングといえば、ラブソングなわけじゃないですか。でも、このコーラス部のリリックを彼女のキャリアというレイヤーから解釈することもできる。

(中略)

この曲のヴァースに別れたボーイフレンドとの喧嘩を回想するパートがあるんだけど、それがもう見事でさ。≪本当はあなたと喧嘩した頃が懐かしい/自分は間違ってないって私は叫んだり/そしたらあなたはこっそり隠れて自分の気持ちを落ち着かせたりして/しかも聴いているのはインディロックのレコード/私のレコードなんかよりずっとクールだと思ってるんでしょう≫っていう。(中略)

宇野 そういうインディロック好きのつまんない男はよくいますよね。

田中 2000年代には文化的にも商業的にも多大なインパクトを持っていたインディロックが、いつも間にかスノッブで内向きの閉じたコミュニティの音楽になってしまった、そのことを揶揄してるみたいにも聴こえる。今ではそうした変化のアナロジーとして読み取ることさえできるんじゃないかな。

自身のナラティブの中で、インディロックはつまらない男が聴く、スノッブで内向きな音楽と唄ったテイラー。それによってインディロックは殺されました。なんとなくわかる気がします。2010年前後に、snoozerで知った「ヴァンパイア・ウィークエンド」や「クラクソンズ」や「MGMT」やらを聴いて興奮していたボクもハっと思ったくらいですから。

ボクがテイラーをいいなぁと思ったのは「You Belong With Me」(2008年)のPVがきっかけでした。リリースから大分後になって観ました。いつもTシャツしか着ていなくて、観覧席で応援するしかない彼女のストーリーに共感する女の子がたくさんいるんだろうな。と思いましたし、男子なボクはそんなナードなテイラーがかわいい!なんて。一方で、いつも短いスカートをはいてチアリーダーをやっているイケてる女の子役もテイラーが演じているわけで、どちらが本当のテイラーのナラティブなのかわからないのですが。。


 
でも、こういうエモさにやられてしまうのはよく分かるし、このナラティブへの共感を他の誰かと容易に共有することができるようになったのが2010年代です。残念ながらインディロックをひっぱり続けてしまった男であるボクですが、引き続き2010年代のポップカルチャーをこの本で追いかけます : )

「2010s」の感想は「2010s/トゥエンティテンズ」のタグでまとめていきます

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