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2010s(トゥエンティテンズ):第1章~レディー・ガガとピッチフォークの時代|2010年代が始まったのは2008年からだった

2010年代のポップカルチャーのメインストリームや、そこで起きた変化を解説する本「2010s」。1周目でチェックした部分を中心に、2周目を読み進めながら感想を記録していきます。

2010sの第1章は「レディー・ガガとピッチフォークの時代」と銘打たれています。2010年代前半期のポップミュージックに関する総括です。その冒頭でこの本の作者の2人、田中宗一郎(タナソー)さんと、宇野維正(ウノコレ)さんは、共通認識として以下の仮説を立てています。

2010年代が始まったのは2008年からだった

その背景としてはじめに挙げられたのが、このチャプターのタイトルにもなっている「レディ・ガガ」のデビューアルバム『The Fame』が2008年に発表されたこと。それに加えて「テイラー・スウィフト」のセカンドアルバム『Fearless』の発売。「ケイティ・ペリー」の『I Kissed a Girl』のメガヒットなど、2010年代のフィメール・ポップの隆盛の萌芽が見て取れた一年と説明されています。

宇野 MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の第1作目となる『アイアンマン』の公開も2008年ですからね。
田中 レディオヘッドの『In Rainbows』もそう。本人たちのサイトを通じて投げ銭スタイルでシェアされ、世界中に話題を振りまいたのは、前年の10月のことだけど、フィジカル・リリースは2008年初頭。

そして、今ボク自身が絶賛追いかけ視聴中の「MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)」のはじまりの「アイアンマン」と、好きなミュージシャンの5本の指の中に入る「レディオヘッド」の名前を挙げて、2010年代のはじまりとしての2008年を説明し、また作家とファンとの直接的なつながりが築かれるファンズ・ファーストの価値観のはじまりを解説しています。

そういえば、ボクがFacebookとTwitterをはじめたのも2008年でした。ボクの2010年代の前半は世界中とフラットにつながれるソーシャルメディアへの興奮が音楽や映画をフォローすることよりも強かった気がします。想いと熱を込められる仕事につなげることができたのも強かったです。そんな点においても、2010年代のはじまりは2008年だった。という仮説に納得です。

田中 で、もうひとつ何よりも重要なのは、2008年というのはカニエ・ウェストの『808s & Heartbreak』とリル・ウェインの『Tha Carter III』という2枚のアルバムがリリースされた年でもあるということ。

当時、ビックセールスを記録したラップアルバムの2枚の発売と、それらが影響を与えた2010年代のラップミュージックを象徴する「ドレイク」と「チャンス・ザ・ラッパー」の才能の準備期間としての2008年。

田中 2000年代USインディの第二世代でもあるヴァンパイア・ウィークエンドがデビューしたのも2008年。だから、まさに時代の変わり目であり、いろんな動きの交錯点だった。

ボクが2010年代前半のフジロックで一番楽しく踊ったステージだった「ヴァンパイア・ウィークエンド」のデビューも2008年でした。2008年が時代の変わり目だったということに納得できる大きな要因は、このころはまだボクの手元には「snoozer」があったということ。

フィメール・ポップの胎動はsnoozerでは「リリー・アレン」や「ダフィ」「エイミー・ワインハウス」のリコメンドがあり体に感じることができていました。レディオヘッドの新しい試みは誌面上の大興奮を肌に感じたし、ヴァンパイア・ウィークエンドを知ったきっかけはもちろんsnoozerでした。

2008年における2010年代へと向かう変化の入り口には自分も立っていたんだなぁ。と振り返って思います。

でもね、前述の通りsnoozerをなくした後のボクは、ソーシャルメディアとそこに関わる仕事の方にグンとベクトルが向いていきました。ギリギリ、2010年代前半は年に1回フジロックに通うことでポップミュージックとのつながりを保っていたような気もします。ボクが通り過ぎてしまった、2010年代の音楽シーンに何が起きていたのか。また次回「2010s」の感想とともにまとめます : )

「2010s」の感想は「2010s/トゥエンティテンズ」のタグでまとめていきます