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すいません、ほぼ日の経営。|ほぼ日手帳のはじまりの時の話「ぼくともう少し手帳について話そうよ」の一言がすごく染み入る

糸井さんのやわらかい言葉にメロメロにされながら、ほぼ日の糸井さんの経営について読み進めています。

今回は株式会社ほぼ日のメイン事業である「ほぼ日手帳」のはじまりの時のエピソードです。こういうある企業のエポックとなるような商品やサービスのスタート時はとてもドラマティックな何かが起こるのでは、と思いますが、ほぼ日のそれはとてもやわらかく、優しい言葉から生まれました。

「一緒に考えよう」ではなくて「ぼくと話そうよ」というアプローチ

糸井さんはほぼ日手帳のプロジェクトがはじまるきっかけを以下のように話します。

── 具体的なプロジェクトの進め方について教えてください。ほぼ日と言えば、なんといっても「ほぼ日手帳」の存在が大きいですよね。ロングセラーとなって、年間八〇万冊近いヒット商品に育っています。
糸井  あれは二〇〇一年にスタートしました。ほぼ日手帳は、社員のひとりが「ほぼ日読者の生徒手帳をつくろう」と言い出したことから始まりました。「うちは読者とすごく親しい関係を築いているので、ほぼ日というコミュニティに入っている証のようなものがあったらいいな」という発想でした。それはいいとスタートしました。

そうか。きっかけは生徒手帳なんだ。でもきっとほぼ日手帳の愛用者はそんな感じでほぼ日の読者である証として手帳も保有しているような気がしてきます。ボクも一時期はほぼ日手帳を使っていましたが、今思い返すとそんな気持ちだったような気がしてきます。

そして、そんなきっかけではじまった手帳プロジェクトを若手スタッフが担当することになります。

当時、若くて一番ひまそうなスタッフに「担当をやってみたら」と言ったら、その人がすごくたくさんの手帳を買ってきて、事務所の一室に広げて、うんうんと考えていました。ぼくは「そんなことはすぐにやめなさい」と言いました。
ほかにないものをつくろうとしているのだから、ほかのものを見て考えても意味がありません。「そんなことより、ぼくともう少し手帳について話そうよ」と言ったんです。たとえばぼくは、昔から手帳をスケジュール管理のためだけに使ったことがなくて、文庫本サイズのメモ帳を持ち歩いて、いろいろなところで思いついたことを書き込んでいました。文庫本の余白に思いついたことをメモしたり。そういう手帳はつくれないかな、という話をしました。

このエピソードにはグッときました。

大切なことが2つあります。一つは「ほかにないものをつくろうとしているのだから、ほかのものを見て考えても意味がありません。」ということ。ここはモノづくりに関わる人、またはマーケティングに関わる人の誰もが頭の片隅に思っていて、でも口に出すことができないことなんです。だってこれを言ってしまったら、何の手がかりも道しるべもないまま、自分の頭で新しい発想をしなくてはいけなくなるから。

そこで、もう一つの大切なこと。糸井さんはこう言います「そんなことより、ぼくともう少し手帳について話そうよ」これにはホントしびれます。手がかりはプロジェクトを一緒に進めていく人たちとの会話の中にあります。真剣にプロジェクトに取り組んでいるチームがあれば、それがホントだと思います。

そして細かなニュアンスですが「ぼくと考えよう」じゃなくて「ぼくと話そうよ」と、この言い方が糸井さんのやわらかさです。考えるって何か答えを探さないといけないような気がして、でも話そうよならもっと自由にゴールを気にせず進められるような気がして。こうした言葉のひとつで姿勢のちょっとした違いがわかるような気がします。

まったく前例がないことの手がかりなんだから、ゴールや時間なんて気にせずに「ぼくと話そうよ」。そんなアプローチをボクは周囲にしてみようと、そう思えたエピソードでした : )

何回かにわけて、たくさんブログに書いてしまいそうな予感の本なので「すいません、ほぼ日の経営。」のタグでまとめておきます