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読書という荒野|ちょっとビックリな左よりな話でしたが、読んでみたい本がたくさん増えました

知人からのオススメで読みました。幻冬舎の創業社長である見城徹氏の本です。

「読書という荒野」というタイトルはそそるものがあります。見城さんのことはアクの強い有名編集者というぐらいの認識しかありませんでしたが、タイトルと表紙の本人のにらみつけるような表情に惹かれてページを開きました。

内容もなかなかにアクが強いものでした。

見城は読書体験による成長や変化に対して、冒頭からこんな風に言います。

読書体験を通じて、左翼的な理想主義に一度も傾倒していない人を信用できない。そうした人間は、人としての厚みがない。特に経営者はそうだ。左翼的な理想主義とはつまり、世の中の矛盾や差別に対してアクションを起こそうとする姿勢だ。「この間違った世界を変えなくては生きていかれない」というピュアな感情は、それが実業の世界に入ったときに、イノベーションを起こす源泉になる。

おぅ。そっちの人だったのか。と事前情報を持たないで読みはじめたボクはビックリしてしまいましたが、学生時代は学生運動にも参加していたようで、なるほどと。でも一方で、学生運動で現実の踏み絵を踏み抜けなかったことをずっと負い目として感じている人でもあり、その体験がそれ以後の志向や本や人間関係の好みにつながり、自分がなれなかった強きものへ憧れる人であるところは、共感や好感を感じることができました。

そして、以下の読書の具体的な効果として挙げているところは本当に腹落ちします。

少しでも、相手の心情に寄り添った表現をしたい。正確な単語を使いたい。そのための武器となるのが、読書によって培われる、他者への想像力と語彙力である。

ボクは読書によって語彙力を人より持つことができたと感じています。またビジネスにおいても、先人の言葉を使うことで、若造でも説得力がある企画が作れたと思っています。今の20代のスタッフにも読書を強くススメていますが、なかなかですね。。

さて本書ですが、少し前の作家から今をキラメく作家まで、見城さんがオススメの代表作とその一節を上げながらリコメンドしてくれるので読んでみたい本がたくさん増えました。これまで読んできた、五木寛之、村上龍、北方謙三は改めて読みたくなったし。今まで読んでこなかった石原慎太郎、沢木耕太郎、恩田陸はすぐにでも読もうと思っています。

本書の中では上の沢木耕太郎の「深夜特急」を以下のように魅力的に引用しています。

結局、沢木耕太郎は、自意識と自己愛を捨て切ることができなかった。深夜特急に乗ったのに、人生からの脱獄に失敗したのだ。沢木耕太郎は旅を続け、ロンドンに到着した。友人との賭けに勝ったことを証明するために、電話局を探し、電報を打とうとする。そのシーンで作品は締めくくられる。

私はそこを出ると、近くの公衆電話のボックスに入った。そして、受話器を取り上げると、コインも入れずに、ダイヤルを廻した。《9273──80824258──7308》それはダイヤル盤についているアルファベットでは、こうなるはずだった。W、A、R、E──T、O、U、C、H、A、K、U──S、E、Z、U。 《ワレ到着セズ》 と。

見事なラストである。自らの自意識やエゴイズムを滅却できた人は、すでにこの世にいない。現在生きながらえている人は、必ず何らかのエゴイズムを抱えて生きている。それを沢木耕太郎は、《ワレ到着セズ》という言葉で表現したのだ。第一便、第二便を読んできた読者は、このラストで泣き崩れるだろう。

それから、三島由紀夫の自衛隊占拠、割腹自殺の件にも引き込まれました。三島の絶望は依然に伊坂幸太郎の「砂漠」で、登場人物の西嶋の語りで興味を持ちました。その詳細と三島が語った生々しい言葉が本書には残してあって、それはとても絶望が伝わる内容でした。

自分の無力を知る男の台詞がじわじわくる|伊坂幸太郎「砂漠」

読書という荒野は、大分左よりな表現に驚いたりもしたけれど、次の読書につながる興味深い内容でした : )