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出会いの描写にしびれる|バイバイ、ブラックバード

年末に読んだのが「バイバイ、ブラックバード」。伊坂幸太郎のウィットに富んだ場面描写が際立っていました。さりげなくて、頼りないけど、メッチャもてる。5人の女性と同時に付き合っていた星野くんが、借金に追われ正体不明の「バス」に乗って、行ったら戻ってこれないどこかへつれていかれるまでの物語。

頼りないけど、借金がいっぱいあるけど。でも義理堅い星野くんがお付き合いしている女性5人と最後の別れを交わす場面がオムニバスで展開されます。比較的、普通の感性を持っている星野くんと5人の女性に、星野くんの借金取りの監視役「繭美」が織り成すストーリーです。見た目も言動も異質な繭美と、比較的普通な他の登場人物とのコミュニケーションがユーモラスです。

この作品で伊坂のストーリーテリングが際立つのが、星野くんと女性の出会いの場面。さりげないけど、とっても意外で。すごく面白い出会いの数々が語られます。例えば、子持ちの銀行員「霜月りさ子」との出会いの場面。

映画の話を興奮しながら喋っていた彼は、霜月りさ子の言葉で急に我に返ったかのようで、「ああ」と恥ずかしげに首を振った。「実は、あれと同じことが起きたんです」「あれと?」 「『フレンチ・コネクション』です」霜月りさ子は眉間に皺を寄せる。

「刑事さんなんですか?」「いえ、違います。普通の会社員です」意味が分からず、さらに顔をしかめると星野一彦が頭を掻く。

「ジーン・ハックマンは犯人を追うために、走ってきた一般人の車を奪いましたよね」「運転手を無理やり引き摺り出して」「ああいう時、刑事に車を取られちゃった運転手はその後、どうしたんだろう、とか思ったことありませんか?」「よく思います」「それが、僕です。車を持っていかれて、おたおたしていました。待ち合わせがあるんですけど、乗せてくれませんか」

刑事映画さながらに、犯人を追いかける刑事に車を提供してしまった場面での出会い。それから、数字が得意な「神田那美子」との出会いでは

看護師がやってきたのかカーテンの開く音がした。「星野さん、具合はどう?」と快活な女性の声がする。「点滴終わるから、外しますよ」とがさごそと作業をする。

ベッドから起き上がったと思しき星野一彦は、看護師に礼を言い、「あの、先生は何か言っていませんでしたか」と恐る恐るという具合に訊ねていた。看護師は、「特に何も言っていませんでしたよ」と答える。「あ、そうですか!」星野はあからさまにほっとし、声を軽くしたが、すると看護師は笑って、「星野さんが、娘さんを捨てた男だということ以外は」と付け足した。

神田那美子はそれを聞いて、噴き出さずにはいられなかったが、寝たまま噴き出したため咳き込んでしまう。看護師が慌てて、カーテンを開き、「大丈夫ですか?」と気遣ってくれた。その時に初めて彼女は、星野一彦を見た。寝癖のついたような髪をし、目と耳の大きな彼は恥ずかしそうに、ベッドで横になったままの神田那美子を見下ろしている。ばつが悪そうに、ぺこりと頭を下げると急に真剣な表情となり、眉を下げ、泣き出す寸前となった。「まだ死にたくない」と声を震わせるので、看護師と神田那美子は声を合わせて笑った。

たまたま入った耳鼻科で、昔付き合っていた彼女の父親(その父親は交際が終わったことにひどく立腹していた)が先生だった場面での出会い。

いずれもありそうで、でもきっとない場面。さりげないけれど、とてもハートフルな場面。そんな不思議な描写にやられてしまった作品でした。そしてそんな出会いを交わした女性はいずれも、星野くんが別れを告げる場面で「あれも嘘だったのね」とつぶやきます。

悲しい星野くんはドナドナさながらに「バス」に乗せられつれていかれるのですが、そのときに傍若無人だった繭美の琴線になにかが触れて。。というエンディングはさておき、5人の女性との出会いの場面だけでも読んでおくべき「バイバイ、ブラックバード」です : )

Photo by Girish Sharma