世界の経営者が、この2015年に数多く参照しているであろうベン・ホロウィッツの「Hard Things」。
前半はベン自身の企業経営における危機的状況、胃がキュっとなってしまうようなシチュエーションをどうして切り抜けてきたかの実体験が語られました。後半は、そうしたベンの経験とその後のベンチャーキャピタルの運営における数多のCEOとの出会いを元に、CEOと企業経営で必要な心構え、体構えについての話がなされます。
ベン・ホロウィッツは現在、ファウンダーのCEOを応援するベンチャーキャピタルを運営していますが、その前提ながらもCEOに必要な要素を的確に示します。特に平時と戦時に必要なCEOのアクションの対比は迫力もって語られています。
平時のCEOは「勝利の方程式」を知っており、それに従う。一方戦時のCEOはそういった既成概念を打ち破らねば勝利できない。平時のCEOは広い視点で大局を見るが、実施の詳細については部下に大幅に権限を移譲する。戦時のCEOは、根本的な問題に関わるのであればチリひとつ放っておかない。平時のCEOは大量の人材を採用できる効率的なリクルート・マシンを整備する。戦時のCEOも同じことをするが、同時に人事部門は大規模なレイオフを断行しなければならない。
平時のCEOは企業文化の育成に務める。戦時のCEOは生き残りを賭けた闘争に自ら企業文化をつくらせる。戦時のCEOは突発的非常事態に対応するプランを用意する。戦時のCEOは、『バトルスター・ギャラクティカ』のアダム提督ではないが、サイコロを投げて「3のゾロ目に賭ける」しかない場合があることを知っている。平時のCEOは自社の優位性の活かし方を知っている。
戦時のCEOは偏執的だ。平時のCEOは野卑な罵り言葉を使わずに済む。戦時のCEOは意識して罵り言葉を使う場合がある。平時のCEOはライバルは、大洋を航行する別の船──目に見えるような距離には一度も近づかずに済むかもしれない存在──と考える。戦時のCEOはライバルを夜中に家に忍び込んできて子供たちを誘拐しようとする敵と考える。平時のCEOは市場全体の拡大を図る。戦時のCEOは、なにがなんでも市場シェアを獲得しようと考える。
平時のCEOは部下が創造性を発揮して真剣に努力している限り、指示に反する行動も許す。戦時のCEOは命令からの逸脱をわずかでも許さない。平時のCEOは大声で怒鳴ったりしない。戦時のCEOは穏やかな調子でしゃべることのほうが少ない。平時のCEOは紛争を最小限に抑えようとする。戦時のCEOは対立を極限まで推し進める。平時のCEOは広く支持を集めようとする。戦時のCEOはコンセンサスづくりなどに時間を割かず、反対も許さない。
平時のCEOは目覚ましい、大胆な目標を設定する。戦時のCEOは目前の敵を追いかけるのに必死なので、レモネードの屋台でさえ経営した経験のないコンサルタントの書いた経営書などは読まない。平時のCEOは社員の自己実現と適切なキャリアパスのために研修を提供する。戦時のCEOは戦いに負けて会社がなくなってしまうことがないよう社員を鍛える。平時のCEOは「市場で1位ないし2位が獲得できないならその市場からは撤退する」というようなルールを設けることができる。戦時のCEOにはそもそも市場で1位や2位になっているような事業がないので、そんな贅沢なルールに従う余裕はない。
なるほど会社の状況によって、CEOたる心構えも体構えもすべてが異なってくることがわかり、かつ腹落ちします。平時も戦時も自分で切り抜けてきたベンは、その体験の辛さをもとに「一人で背負うものではない」と優しく諭します。だからこそ、平時と戦時で誰が舵を切るのか。つまりCEOを務めるのかをクールに決めるべきという示唆でもあります。
この示唆によって、気持ちが楽になるのか?より落ち込むのか?きっと今が戦時のCEOには心揺さぶられるメッセージなのではと思います。