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おじいさんと酒屋

今日、おじいさんに出会った。とてもとても印象深い。

時刻は23時30分。場所は地元の青砥駅。もともとは酒屋だったことがうかがえる、聞いたこともないコンビニチェーン。24時で店を閉めるコンビニ。普段は24時以降に駅に着くことが多いボクなので、なかなか入ることがないコンビニだ。

23時30分。ボクは今日飲む分だけのビールを買いに、引っ越してきて数回目のその店に入る。店内には他に客の姿は見えない。店内を必要以上に見回すこともなく、リーチインクーラーのビールを目指す。適当なブランドを選択し、レジへと向かう。

レジカウンターの奥に、中年めがねの店員さん。心細い声で対応してくれる。
その店員の右後ろに視線を移す。そこにそのおじいさんはいた。

モップを持ち、24時に閉まる店内の清掃の格好。
ただ伸びすぎてしまったというだけの白髪の髪・髭。
シミを通り越して、ホクロと呼べるほど腫瘍のようになった黒点が目立つ顔。
何故か使命感を帯びたその顔には強き意思を感じる瞳。

手に持つモップは動くことなく、
モップを働かせるというよりもモップにもたれて空を見つめる。
そして、60度に曲がった腰のまわりには枯れた酒屋の前掛け。

サドネス?メランコリー?心のひだに触れる姿。

そんなおじいさんを想い、ボクは勝手な物語を紡ぎだす。

その老人は行動していた。
動かぬ体で行動していた。守っていた。

しわくちゃの手には老人の使命を帯びたモップ。しわくちゃの顔には決意。しわくちゃになってしまった頭には唯ひとつだけの思い。守り抜くという想い。その想い以外に考えることができなくなってしまった頭。

その状況に至ってしまったのは誰のせいでもない。

息子には絶え間ぬ愛情を注いだ。同じようにこの店にも。
注いだ愛情の分だけ、うまく回る世界ならよかったのに。

素直に育ちすぎた息子は逆回転する世界と同じスピードでステップを踏むことはできず、もう名前さえ忘れた誰かの勧めで老人が一代で築いた酒屋をコンビニエンスストアへと改築した。一度踏み外したステップは、逆回転の超スピードの中で無理やりステップを踏み続けるのか、世界の端へと転げ落ちるか。どちらかしかないのである。

老人は踊り続けることを選んだ。なれないステップに四肢を強張らせながら、ただ転ばぬように踊り続けた。決してその姿を息子には見せることなく。老人を支えるたった二つだけの武器は、両手につかんだ青いシャフトのモップと、枯れた酒屋の前掛け。いつも希望だけは存在したのか。今はそれさえもわからない。

ヘミングウェイは語る。サンチャゴは86日間続いた不漁の後にも、三週間続けて大物を釣ったことがあった。。。

酒屋の老人は何年間になるだろう。
大物を夢見ることなく、ただスーパーソニックで踊り続けた。

いつの日かは自分のステップを取り戻すために踊った。いつの日からか自分のステップさえも忘れてしまった。今しわだらけになった老人という生命体は何故踊るのかさえも忘れてしまった。老人は今でも店の閉めにはかならずレジに出て、ともに踊り続けたモップと前掛けを携えて掃除をする。もはや掃除にはならない掃除をする。ただ目に決意の炎を宿らせてモップにもたれる。それが守り抜くということ。

優しく育った息子は、そんな老人の姿を見てたまに泣く。

老人はそんな息子の涙さえ見ることが、感じることができなくなってしまった。
サンチャゴが最後にライオンの夢を見ていたように、酒屋の老人は大鷲の夢を見ているのかもしれない。

ただ、守り抜くという決意をもったその瞳の中で。

今日。2月の水曜日。出会うことができた、あまりにも印象深いおじいさんに。